ＲＥＡ2008/1月のコメントP－Ⅱ　雪模様の琵琶湖

07年12月のコメントP-Ⅰで「小さな庭の物語」と題して、私が滋賀県の大津市木戸に設計した庭について紹介したけれど、引渡しの日があいにくの曇天で、借景となっている琵琶湖が良く見えない写真しか撮影できなくて気がかりになっていた。樹木の芽吹く頃にでも再訪しようかと思っていたけれど、そうなると、ずっと先の事になってしまう。施主のYさんからは「正月に来ませんか」と、お誘いを受けていたのだけれど、どうしたものかと思案していた。元旦の夜の天気予報で、琵琶湖の湖北は相当の積雪だと聞いて、私の頭の中に、にわかに比良山麓の雪景色が浮かび上がってきた。これはもう行かなければ仕様がないと、夜明け前に起きて家を出た。
明け方の電車から見る京都の北山は雪雲に覆われて、何やら期待できそうな雰囲気だ。京都駅からJR湖西線に乗り換えて、大津の辺りから見る北の風景は雪もまばらで、朝日を受けて、家屋の屋根や畑に見える白い雪が露となって落ちてゆく。「これは思った程の雪景色ではないな。」と思いはじめた。志賀の駅から比良山に向けて傾斜になっている畑の道を登ると、地面にうっすらと積もった雪が、日の光を受けて透明にきらめき、解けていく。農機具小屋の瓦屋根からは、雪解け水が滴り落ちて美しいのだが、雪の消える余りの早さに、思わず焦ってしまう私だった。
比良山の中腹から上の方は雪雲に覆われている。山系の北の方や湖の対岸まで雪雲になっているというのに、木戸の家の辺りには、穏やかな朝日が燦燦と降り注いでいるではないか。と、思う間もなく、にわかに雨に変わってしまったりする。湖西の変化しやすい天候も魅力的なのだが、思うように都合よくいかないのも事実である。私が大学生の時代に比良山に登っていた時には、一晩で1メートル余りのドカ雪が降り、腰の上まで埋まるラッセルを繰り返して、下山するのに往生した記憶がある。もう今ではそんな雪はほとんど降らないのだろうか。・・・やっぱり降ってほしいのだが？
久しぶりに訪ねたYさんの家族と歓談している内に、雲間から青空が広がってきた。比良から吹き降ろす風もなく、穏やかな空模様だ。外を歩いてみたくなり、近くの樹下神社の初詣をしようという事になった。木戸の集落の西端に位置する樹下神社は、鎮守の森のような常緑樹の深い木立に囲まれた、静かな佇まいの美しい神社である。
神社の参道に立ち、東の方を見ると、下りの道の先に、冬景色の琵琶湖がひろがっていた。旧家の並ぶ木戸の集落を、琵琶湖と神社、背後の比良山系の結びつきが明確な軸線となって感じられる場所である。参拝した後、神社の拝殿の左手を見ると、樹の上の方に、何やら黄色く光る大きな実が幾つもなっている。「花梨の実だろうか？」と近づいていくと、余り見た事もないような大きな花梨（カリン）の実が、青空を背景に細い枝から中空に浮かんでいた。地面に落ちた黄色い実を鼻に近づけると、花梨独特の甘い匂いが鼻孔を擽る。・・・私はこの花梨の薫りが好きである。
私の事務所の前庭に植える樹木を、花梨にしようか、白木蓮にしようかと迷った事がある。花梨の花は余りに可憐なために白木蓮にしたのだが。白木蓮は咲いた時には華やかで美しいが、2、3日で散ってしまう。白い大輪の花が咲いた後は余りにも命が短い。それゆえにいとおしくもある花なのだが。・・・こんな想いを抱きながら小雨模様に変わった木戸の家を後にした。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　武市義雄