□ ■ □ 3月のコメントＰ－Ⅱ□
いつもは寒い中でも佐保川の土手を散歩する人をよく見かけるが、雪が舞う中を歩く人はまれである。人は誰でも哲学者になれる・・・かしら？
3月になって雪のはなしを書くのも、何だか時を誤った感じがするのだけれど、4ヶ月もの間、今月のコメントの文章を書かなかったのだから、いいかげんな奴だとぐらいに思って下さい。時には心配メールや電話まであったのだが、何をいっても言いわけがましくなるから、その理由は書かない。・・・？
2月21日の早朝に目覚めると、夜半から降り続いていた雪が、10センチ余りも板塀の上に積もっていた。こんなに雪が積もるのは、奈良では3年ぶりではないだろうか。降りしきる雪はまだ止む気配もなさそうなのだが、体のどこかがむずむずとしてきた。体調もいまひとつなのだが、久しぶりに降る雪の美しさの誘惑にはかなわない。江戸時代の古川柳に、雪見をする人を揶揄した歌があったけれど、まあ私もそれに近いのかもしれない。雪が少し小降りになったのを見計らって、小さなデジカメをポケットに入れ、自転車に乗って、片手に傘を差した格好で佐保川から水上池へと出かけた。・・・相変わらずの物好きである。
私の住まいの近くに、万葉集によく詠まれた佐保川があるが、奈良時代の佐保川の風景はいざ知らず、川の土手に植えられた桜並木に雪の花が一面に咲いているのは、いかにもひっそりとした暗い川面と対照的に美しい。やっと咲きはじめたばかりの紅梅が純白の雪衣に包まれて、降り積もった雪と紅の花の対比が心を誘うようになまめかしく感じる。佐保川に架かる小橋を、傘をさして渡る初老の男の姿さえ、なぜか哲学者めいて見えたりするのが面白い。冬木立や川の土手が降り積もる白い雪で覆われていく風景には、浄化の気配さえも覚える。春の桜の花が咲き乱れる並木道は心が騒ぐ気分になるけれど、桜の枝いっぱいに純白の雪の花が咲く風景には心を鎮める作用があるのだろうか。
今年の冬は三度も続けて風邪をひいたので、ヒマラヤの5千メートルを越える高所にトレッキングに行った折に着た羽毛の上着をまとってきたのだが、片手に傘をさし、自転車を漕いで水上池の辺りに着く頃には、何やら上半身が汗びっしょりになってしまった。上着もセーターも脱いで脇に抱え、傘をさして自転車を漕ぐ格好には、我ながら少々いやになってきた。こんなことになるのなら、小さなザックでも背負ってくればよかったと思うのだが、後の祭りである。日が差せば、見る間に雪のない世界に返ってしまうかと思うと、途中で引き返すわけにもいかない。・・・やれやれ。
雪が舞う水上池の水面は銀灰色の輝きを放っている。立ち枯れた葦にも雪が積もり、対岸の佐紀の集落は降りしきる雪で、家々の姿さえ朧気である。水鳥達も風を避けて、岸辺近くの水面に一群となり、ひっそりと浮かんでいる。静寂の大気が満ちて、モノクロームな水墨画の世界に迷い込んだ旅人のような気分を覚えた。
1月の中頃に、新潟県の直江津から東方の山の中に住むOさんに電話をした。「雪はどんな感じですか？」と訊くと、家の南側に設けた、地面から１階分高いデッキテラスまで、屋根の雪降ろしをした雪が重なって、テラスと同じ高さになってしまったよと言う。道路だけはこの地方にとって命綱なので除雪がされているが、その他は真白らしい。雪国に住む人にとっては、雪そのものがひたすら耐える存在なのだ。以前私がOさんを訪ねた時は、雪解けが進み、家の廻りや小道ぞいには、赤紫色の可憐なカタクリの花が群れるように咲いていた。Oさんが冷たい雪解けの清水で育ったクレッソンを摘んで、食卓に供してくれたこともある。長い冬の間中、深い雪の景色に包まれた地方と、奈良のように、数年に1度しか雪が積らない土地では、雪に対する想いがまるで違うのは仕方がないことだ。私はとても雪国では暮らせそうにはない人種である。でも、いつかあのカタクリが群落して咲く春先の風景にもう一度出会ってみたいとは想うのだが。・・・相変わらずのお調子者の私である。
武市義雄
佐保川の両岸に植えられた桜並木に純白の雪の花が咲いた。凍えそうな景色と見るか。風情のある趣きと見るかは、人によるけど。
佐保川の土手ぞいに建つ住宅の前に、愛くるしい表情の雪ダルマが立っていた。奈良の地では、一日もたてば溶けてしまう存在だけど、やっぱり作ってみたいのが人情だよね。
平城宮跡の北にある水上池の水鳥達も、葦の密生する池の辺りでひっそりとしている。
水際の草むらがすっかり柔らかい雪に覆われていた。雪の降る中で、傘をさして、こんな風景を眺めているのもいいもんだよ。
・・・ハックショ～ン。
雪が降り積もった枝々に、まだ丸いままの蕾と紅梅の花が咲いている。
梅の香りは良かったかって？・・・雪の方に見とれて、余り覚えていないな～。
