□ ■ □ ７月のコメントＰ－Ⅰ□
私がひとり旅で海外の見知らぬ街を訪ねる時、最初に訪れる場所は市場である。市場は食文化の源として、知らない素材に出会うのが楽しみだし、物を売り買いする時って、対話の面白さだけでなく、人の表情や仕草にホンネが出るものだから、人間観察についてこれ以上の場所は他にないと思う。ところが、建築家協会などの団体で海外旅行をすると、そうはいかない。セキュリティーの都合で大きなホテルに泊まるのは仕方がないが、毎日、朝から晩まで建築見学オンリーの旅となると、私の好きな人間観察ができなくなる。メキシコの高原都市オアハカを訪ねた時、「私だけモンテ・アルバンの遺跡見学をキャンセルして、オアハカの街を見たい」と申し入れた。たしか10人余りが手を上げて、私の提案に同意した。旅の団長をしていた高橋さんの方を見ると、「やはり反乱を起こしてくれたな」という渋面顔である。すると、当時建築家協会の会長をしていた林昌二さんと雅子さん夫妻も私に同行したいと言う。雅子さんは、「武市さんといっしょに行くと面白いから」と言ってくれる。これは決定打である。「ああ、また高橋さんを怒らせてしまった」と思ったけれど、私のホンネだから仕様がない。高橋さんからは、「武市、気を付けて皆をまとめてくれよ」と仰せつかった。そんなこと私は知らない・・・？
翌朝私と林夫妻は同じタクシーに乗り、その他の人達も数台のタクシーに分乗して、オアハカの中心部へと向かった。広場でタクシーを降り、「集合場所はオアハカの空港ですから、集合時間に遅れないように、各自タクシーで空港に行って下さい。空港はエアロポルテです。」と言い残して、私はひとりで歩き出した。後に残った人がどんな表情だったかは知らない。街中までゾロゾロと団体で見学などしたくもないし、「子供じゃないんだから、空港ぐらいは行けるでしょ」と思ったわけ。・・・マッタク～！
オアハカはメキシコで最もインディオが多い街で、碁盤目状に整備されたコロニアルな街並みは清潔で美しい。まずは市場を覗いてみたいと思い、肉屋や手づくりの民芸品などが並ぶ薄暗い市場を巡り歩いた。市場の一角に、しゃれたジュウタンヤタペストリーを売る店が並んでいるのだが、朝が早いからか、まだ観光客の姿も見えず、数軒の店が開店の準備をしているだけだった。その中の、人がまだ来ていないショップで、幅が40cmほど、長さが4mもあるキリムのタペストリーが壁に掛けてあるのが目についた。私は一目で気に入ってしまい、２軒隣の店の人に、「この店の人はいつ来るのか？」と聞いてみた。「いつか分からないよ」という返事。これは困った。街も見たいし、ここでずっと待つわけにもいかない。あきらめたのかって？いやいや、しばらく考えた末に、声をかけた店の人に、「飛行機の時間があって、ここでずっと待つわけにもいかないし、このタペストリーがどうしても気にいったから、あなたに代金を渡しておくので、店の人が来たら渡してほしい」と頼んだわけ。値札の付いていないタペストリーを、2軒隣の店の人と交渉して買ってしまった。これって、ちょっと強引だったかしら？後は人を信用するしかない。マッ、イイカ！
2時間ばかりオアハカの街を散策して楽しんだ後、私ひとりでタクシーに乗って空港に向かった。空港で集まった人数を数えてみると、チェックインの時刻だというのに、まだひとりだけオアハカの街から着いていない。高橋さんはますます渋い顔付である。何とかフライトには間に合って、最後の一人が駆け込んでは来たけれど、そんな事、私の知ったことではない。私は時間に正確で、待合わせに遅れたことは一度もない。でも、団体旅行をすると、いつもこんな人が一人はいるんだよね。実に不思議だとは思うけれど。・・・ヤレヤレ。
武市義雄
まだ朝早いからか、訪れる人は少ないけれど、裸電球が吊られた薄暗い市場は、私にとって、どこの国を訪れてもワクワクさせられる場所だ。
早朝から肉売場には、やっぱり大勢の人が集まっていた。手前の乾燥させたような平たいものって、いったい何なのだろうか。ちっとも思い出せない。
レストランだろうか？門から中庭を覗いてみると、壁にはいろんなものが飾り付けられ、何やら得体の知れない物が並んでいる。こういう場所は夕暮れ時に訪ねた方が面白い。
食物屋さんだろうか？狭い歩道の片隅で忙しそうに準備をするインディオの女性。何の変哲もない、日常のひとこまを眺めるのが大好きな私である。
碁盤目状の街路に区画されたオアハカの中心部は、スペインの街路そのものだ。余りに清潔で美しい街並みって、私にとっては少々淡白過ぎるけれど。
これは羊毛で編んだキリムのジュウタンやタペストリーを打っている市場。いかにも伝統色が豊かなキリムに目を奪われてしまう。ついつい引き込まれてしまうんだよね。
夜明け前に目が覚めて、ホテルの部屋から庭のプールの彼方にひろがる、緑豊かなオアハカの風景。スペイン・グラナダのアルハンブラ宮殿から眺めた風景を思い出してしまった。
対になったレンガ造の、門形をした柱の上にアーチ型の屋根を架けたオアハカの市場。道にそって品物をいっぱいに並べた光景って、いかにも市場らしくて、大いなる期待を抱かせる。
