ＲＥＡ2009/6月のコメントP－Ⅱ人工の楽園

私はユカタン半島の東端にあるカンクンという街がどんなところなのか、行ってみるまでは何も知らなかった。旅行の前にガイドブックをパラパラとめくると、カリブ海に面する巨大なリゾート・ビーチだと書いてある。私の通常の一人旅だと、こういうロケーションの場所にはまず行かない。本来バカンス的な旅ってした事がないし、いつもは安宿泊まりのバックパッカー姿で旅をしてきたものだから、昔家族でタイのプーケット島へ泳ぎに行ったことぐらいしか覚えていない。ところが、今回は日本建築家協会の企画したツアーで、カンクンにあるリカルド・リゴレッタの設計したホテル・カミノ・レアルを見学がてら、宿泊するというものだった。まあ、たまには贅沢も許されるだろうし、先において、リゾート施設の設計を手がけることもあるかも知れないと思った。・・・ホントカシラ？
大気が乾燥した高地にあるメキシコ・シティから、飛行機に乗ってカンクンに到着すると、これが同じメキシコだろうかと思うくらい、気候や風景が一変する。青く澄んだカリブ海の砂浜にそって、巨大なリゾートホテルが並び立つ景観を見て、唖然としてしまった。そりゃそうだ。このカンクンというリゾート地は、アメリカのフロリダ半島にあるマイアミのビーチに対抗して、ヨーロッパからの観光客を呼ぼうと、メキシコ政府の肝いりで開発されたリゾート地なのだから。毎日のようにルフトハンザその他ヨーロッパ発の飛行機が、観光客を乗せてダイレクトに飛んでくる土地なのだ。青いカリブ海の200ｋｍ先はキューバという場所だから、ほぼ一年中泳ぐことができるわけ。物価は高いし、ホテルもメキシコ一の料金である。私一人だと絶対に来ないだろう。・・・でも、ちゃんと海水パンツは持ってきていたけれど。
リゴレッタの設計したカミノ・レアルは、日本ではとうてい考えられないような広大な敷地の内側に海水を引き込んで、白砂のビーチを造っているというホテルである。リゴレッタはルイス・バラガンの元で学んだ後、メキシコやアメリカの南部に、企業の大きな建築を設計している。作品集を見る限りにおいては、近代から現代における建築の設計手法を基にしているが、光や色彩のモチーフはバラガンの建築に相似する。しかし、メキシコ・シティにあるバラガンの静寂に満ちた、密度の濃い、深みのある建築に出会った後では、形態や色彩は似ていても、正直なところ、間延びした印象しか感じられなかった。バラガンの建築が素晴らし過ぎるともいえるのだが、バラガンの元で学び、バラガンと同じような方向を目指してデザインをするという行為に、元来無理がある。自らが学んだ師と共通する方向のデザインで、真に成功した建築家を私は知らない。・・・建築の設計って、本当に難しいものですね。
だが、ホテルの目の前に広がるカリブ海の青さと透明感は本当に美しかった。翌朝早くに目を覚ますと、同室のSを置いて、一人で白砂のビーチへと泳ぎに行った。浜辺ではラジカセから軽快な音楽が流れ、うっとりとした表情でステップを踏む若い女性や、リクライニングチェアに寝そべって朝の陽光を浴びる女性もいる。船着き場の木杭の上には小さな海鳥が羽を休め、打ち寄せる波の間に黒色のペリカンが遊んでいる。遠浅の海で泳ぐと、陽のきらめきに、ゆらゆらと透けて見える海砂の透明感が心地良く、私の体までもカリブの海の青さに染まってしまいそうだった。砂浜で魅力的な若い女性と話しをしていると、5,6人の背広を着た男達がビーチにやってきた。よく見ると、旅の同行者である。向こうも私を見て、少し唖然とした表情をしているが、私も背広姿の奇妙な一団に少々呆れてしまった。・・・やれやれ。
私はといえば、知らん顔をしてカリブの海を楽しんでいたのだが、どうやら水着を持ってきて泳いでいたのは私だけらしい。この場合、どちらが正解だと言えるのだろうか・・・？
この文章を書いた後で、アレッ？以前にカンクンのことを書いた覚えがあるのを思い出した。調べてみると、「カリブの碧い海」という題で書いている。写真も重複している。アリャ～ッと思ったが、もう遅い。文章も少し違うし、マア、イイカ！
私の記憶も危ういものだ。・・・やれやれ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　武市義雄