□ ■ □ ８月のコメントＰ－Ⅳ□
エジプトを流れるナイル川の風景の中で、私がもっとも素晴らしいと思うのは、アスワンの街の対岸に見える岩窟墳墓群の丘の頂から眺める眺望だ。まさに恵みの大河・青きナイルを深々と実感できる場所である。アスワンの地には一年中ほとんど雨も降らず、青空が拡がっている。ヌビアの岩砂漠を流れ下るナイル川が、巨大なダム湖から放出される大量の水のために、元々の急湍が感じられるのだ。抜けるように透明な空の青を映しこむナイルの流れは深い藍色に染められたように見える。ナイル川の青と白い砂漠の対比が際立って美しい。
古代のアスワンはナイル川の中州を形成するエレファンティネ島の市場として発展した港町である。中州の小島のまわりに、数多くの帆を掲げた木造のヨットが川風をはらんで走る姿は、まるで白い蝶達が青い水面を気ままな風に吹かれて飛び交っているようにも見える。ナイル川にそって旅をするよりも、いっそのこと、遠い地中海まで、風まかせの白い帆のヨットに乗って旅をしたいと思ったほどだ。・・・いつかはそんな旅をしてみたいのだが。
これはどうしてもナイルの川風に吹かれてみなければ何も始まらないと思い、ナイルの川辺に下りていった。川面に浮かぶ大きなヨットには、西欧人の団体客が20人以上も乗っている。「あんなのはいやだ！」と、アマノジャクの私は思った。そこで、川岸に係留してあるヨットの中から、黒い膚の色をしたヌビアの若者を探し出して交渉し、島のまわりから西岸まで、ゆっくりと風まかせに走ってもらうことにした。もちろん客は私ひとりである。若者が早速白い帆を揚げ、ヨットが岸辺を離れると、ひとりで手拍子をとりながら、単調なゆったりとした歌を口ずさみはじめた。私は陽気な歌声を聞きながら、川面を流れる風を楽しみ、真白な帆が青空の中で風を受けてはらむ様を眺めていると、夢見心地になってくる。・・・いつまでも対岸に着かなければいいのにと思う私だった。
青きナイルの水面をすべる白昼の夢想を過ぎ、西岸の古王朝時代末期に刻まれた岩窟墳墓群の頂部に登ってみた。眼下には雄大なナイル川を望み、対岸には褐色をしたアスワンの街が茫漠と拡がっている。下流方向にはナイル川に寄りそう農地の中に、白い色の集落がひと塊になって見える。ふっと砂漠を歩いてみたくなり、強い日差しの下をさらに西に進むと、人影のない集落に迷い込んだ。ちょうど昼休みなのだろうか、集落の中はシーンと静まり返り、人っ子ひとりいる気配もない。もちろん観光客など来るはずもない。白い家の壁には、メッカ巡礼を表わす素朴な絵が大きく描かれている。異邦人として、こんな見も知らぬ集落に迷い込むのも乙なものである。・・・ホントに誰～れもいなかった？？
ナイル河畔をブラブラと散策していると、木造船の骨組みを組み立てているのに出会った。中州の島では遺跡の中に泥レンガが日干しにされ、すぐ横ではそのレンガを使った建築途中の住居も見られる。古代も現在も変わらぬ光景である。多くの人々で賑わうアスワンの街中と違い、西岸ではゆったりとした時がたゆとう居心地の良さを感じる私だった。旅をするとは、日常の時の流れと異なる空間に身を置き同化することである。そこに暮らす人々の時の流れに身をゆだね、楽しむことこそ旅の贅沢と言えるのかもしれない。・・・幸せな１日である。
武市義雄
ナイル川の下流方向を眺めると、ナイル川にそってナツメヤシの林とわずかに耕作された農地が帯状に続いている。眼下には日干レンガを積み、壁を白く塗った集落が強烈な日差しの下でまどろんでいた。
西岸の、人の影や気配すらない集落に迷い込んだ。日干レンガと白壁のコントラストが興味深い。白壁にはメッカに巡礼に行ったという証しの絵が素朴なタッチで描かれている。
エレファンティネ島の川の岸辺で、素朴な道具を使いひとりの男が舟を造っていた。日影にはターバンを巻いた３人の男が寝そべって、何やら談笑しながら作業を眺めている。何とも言えないほどにいい光景だった。
ナイル西岸からアスワンの街に帰るときには、地元の人達が乗る小さな舟で帰ってきた。婦人達は頭から下の方まで黒ずくめの衣装を着ている。日差しもだいぶ西に傾いてきた。
ナイル川西岸の丘に登って眺める、青きナイルの流れとアスワンの街が織りなす風景は、これ以上望めないほど素晴らしい。中州のエレファンティネ島の周辺には、白い帆のヨットが青い流れに映えている。
丘の頂部からアスワンダムがあるナイル川上流の方を眺めると、緑の木立が茂る島が川の中央に連続する。ナイル川の流れもかなり早そうだ。今から思えば、なぜ泳がなかったのかしら？いや、ナイルワニに対面するかも・・・。
白いヨットの後尾にひとりゴロリと寝そべって、ナイルの川面に吹く風を受けながら静かにたゆとう。これ以上い～い気持はない。ヌビアの若者の歌声が青いナイルの風となって消えていく。極楽、極楽。
青きナイルの岸辺から、ヨットの出航準備をするヌビアの若者の彼方には、古代の岩窟墳墓が穿たれた岩丘が見える。小さな白い木造のヨットも私にとっては豪華客船だ。なんせ貸切だもんね。
